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共有財産である預金を妻が保有していることを理由に婚姻費用の支払いを拒めるか

婚姻費用(婚姻中の生活費)の請求の場面で、権利者(ここでは妻とします。)が夫婦の実質的共有財産である預金を保有している場合、義務者(ここでは夫とします。)の側から、

「妻は預金を管理しているのだから、まずは預金を生活費に回すべきであって、預金がある以上、婚姻費用の支払い義務はない。」

との主張がなされることがあります。

夫が家に通帳を置いて家を出て別居を開始した場合、妻が通帳を持って家を出て別居を開始した場合などです。

この点、裁判例はどのような判断をしているでしょうか。

東京高等裁判所平成15年12月26日決定(婚姻費用分担審判に対する即時抗告事件)においては、夫のそのような主張を認めませんでした。

同決定は、
「抗告人(夫)と相手方(妻)との共有の財産とみるべき預金があり、これを相手方が管理しているとしても、その分与の措置は、財産分与の協議又は審判もしくは離婚訴訟に付随する裁判において決められるべきことであり、相手方においてこれをまず婚姻費用に充てなければならないという根拠はない。」

として、妻の方でまず預金を生活費に充てなくてはならないという夫の主張を採用せず、夫に月額7万円の婚姻費用の支払いを命じました。

また、仙台高等裁判所平成16年2月25日決定(婚姻費用分担審判に対する即時抗告事件)も、

「抗告人(夫)は、相手方(妻)は、まず、婚姻費用分担に先立ち共有財産の清算をすべきである旨主張するが、夫婦間の共有財産の清算は、両者が離婚に至った際に財産分与の形でされるべきものであり、その清算ができなければ、婚姻費用分担ができないという関係にはなく、かえって、相手方が共有財産を当座の生活費のために費消することを前提に婚姻費用分担金を定めることは、後の財産分与の際の法律関係をいたずらに複雑化しかねず、相当でない。」

とし、妻は、婚姻費用分担を求めるよりも、まず持ち出した預金等の共有財産を清算すべきであるとした夫の主張をしりぞけ、夫に月額7万5千円の婚姻費用の支払いを命じました。

一方で、札幌高等裁判所平成16年5月31日決定(婚姻費用分担審判に対する即時抗告事件)においては、「妻が管理している預金550万円は、別居から現在までの7カ月分の婚姻費用の分担額を優に賄うに足りるものであり、預金から住宅ローンの支払いに充てられる部分を除いた額の少なくとも2分の1は、夫が妻に婚姻費用として既に支払い、将来その支払いに充てるものとして取り扱うのが当事者の衡平にかなうから、現時点においては夫に婚姻費用分担義務はない」としました。

事案によってはこのような判断になることもあるようです。

この札幌高裁の件では、預金額が550万円と多かったこと、ここから婚姻費用に充てることができない場合には夫に酷となる状況であったことなどからこのような価値判断になったものと思われます。

もっとも、この札幌高裁の決定においても、「妻は預金全額を婚姻費用の支払いに回すべき」という判断にはなっておらず、住宅ローン支払い分を除いた預金の2分の1に限定して、婚姻費用の支払いに充てることを認めているにすぎません。

すなわち、預金の残りの2分の1は妻自身の持分と評価されますから、妻の持分である部分についてまで妻は婚姻費用として使わなくてはならないとは言っていません。
あくまで、夫の持分にあたる2分の1の部分についてのみ夫から妻への婚姻費用の支払いとして扱っていますので、誤解のないようにお願いいたします。

このように、「妻は持っている預金からまず婚姻費用に回さなくてはならないのか」という争点については、事案によっては、また、裁判官によっては、異なる判断が出ることもありえますので、十分な主張と立証が必要です。

婚姻費用の調停は当事者ご自身だけでも手続きをすることは可能ですが、一つの争点で主張が退けられるだけで月々の支払い額に大きく影響することがありますから、あなどることなかれです。

特に、このように難しい争点を含んだ事案では、ぜひ一度弁護士にご相談ください。

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