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交通事故の治療で健康保険を使った場合の損益相殺

交通事故の治療の際にも健康保険を使うことができます(詳しい説明はこちら)。

治療の際に健康保険を使った場合、損害賠償額の計算はどのようになるでしょうか。

健康保険を使うと、健康保険組合が負担した分(本人負担以外の分)は、後日、健康保険組合から加害者側に求償請求がなされ、加害者側がこれを支払うことになりますから、この健康保険組合への求償分をどう評価するかが問題となります。

例えば、以下の例で検討してみましょう。

(例)
・被害者の過失が2割

・健康保険を使った場合の診療報酬額の全体は100万円

・そのうち本人負担分はその3割の30万円で、すでに加害者側保険会社が支払い済み。

・残りの70万円は健康保険組合が負担し、後日加害者側に加害者の過失分である8割に相当する56万円の求償請求をし、加害者がこれに応じて求償した。

・治療費以外の損害(慰謝料、休業損害等)は合計で700万円

上記のようなケースで、加害者が健康保険組合に求償して支払った56万円を、損害賠償額算出の際にどう扱うかが問題となることがあります。

加害者側からすれば、健康保険組合に対して支払った求償分についても損害に加えた上で損益相殺してほしい(差し引いてほしい)という発想になるためです。

具体的には、加害者側からは、

「治療費の損害は、本人負担分30万円に、健康保険組合に加害者側が支払った56万円を足した、合計86万円であり、損害額の合計は86万円+700万円=786万円となる。

そして2割の過失相殺をすると、損害賠償額は628万8000円となる。

そして、本人負担分の30万円のみならず、健康保険組合に求償した56万円についても損益相殺の対象となり、合計86万円が損益相殺されるべきである。

よって、628万8000円から86万円を差し引いた542万8000円が、加害者が支払うべき損害賠償の額である」

といった主張がなされることがあります。

しかし、被害者としては、自分に支払われたわけではない56万円についてまで損益相殺されることには違和感を覚えます。

この点につき、裁判例では、以下のとおり、健康保険組合が支払った分に関しては、

そもそも損害に計上すべきでなく、損益相殺の対象にもならない、

と判断されています。

すなわち、東京地方裁判所平成25年1月25日判決で、

「原告(引用者注:この訴訟は加害者が提起した債務不存在確認訴訟なので、原告とは加害者を指します)は、被告の治療費の一部を支払った練馬区国保から求償を受けて82万1203円を支払ったことが認められる。

原告は、上記求償分も本件事故により被告(引用者注:被害者を指します。)に生じた損害に計上すべきである旨主張する。

しかしながら、国民健康保険から支払われた治療費については、

これに相当する被害者の損害賠償請求権が国民健康保険に移転することから、

過失相殺前に被害者の損害から控除するのが相当である。

したがって、加害者である原告が国民健康保険から求償を受けて支払った分(国民健康保険は、加害者側に対し、加害者の過失割合に応じて減額した額でもって求償するのが通常である。)についても、同様に、被害者である被告の過失相殺前の損害から控除するのが相当であり、また、損益相殺の対象となる既払金にも計上しない扱いとするのが相当である。」

と判断しました。

すなわち、国民健康保険が負担した分に関しては、

そもそも損害から控除され、損益相殺もされないことになります。

最初に想定したケースに当てはめると、以下のようになります。

「治療費に相当する損害額は、健康保険負担分を含めない本人負担分の30万円のみ。

これにその他の損害700万円を足すと730万円となり、ここから2割の過失相殺を行い584万円となる。

損益相殺すべき既払い金は、本人負担分について加害者側が支払い済みの30万円のみということになるから、584万円から30万円を損益相殺した残りの554万円が、被害者が受け取るべき損害賠償額となる。」

健康保険負担分を損害に含め、さらに損益相殺の対象とすべきとする加害者の主張だと542万8000円となっていたのに対し、上記裁判例に従って計算すると554万円となりますから、金額が異なってくるわけです。

このように、健康保険を使った場合の損害賠償額の算出の際には注意が必要です。

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