損害賠償金を払ってもらう和解の際の注意点(非免責債権との関係)
例えば、ある人物の詐欺行為により損害を被り、相手もそれを認めて損害賠償金を支払ってもらうことになった。
すぐに一括で払うことはできないとのことなので、2年かけて分割で支払ってもらうことになった。
この際、相手が、「貸金ということにしてほしい」と言ったので、支払ってもらえるならそれでよいと思ってこれに応じ、「金銭消費貸借契約書」として取り交わした。
このようなケースで、相手が支払いの途中で債務超過を理由に自己破産を申し立て、免責決定まで得てしまった場合にはどうなるでしょうか。
この点、仮に債務者が自己破産による免責決定を得ても、次のような性質の請求権については、免責されないことになっています。
(破産法253条。これらを「非免責債権」といいます。)
①税金
②破産者が悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権
③破産者が故意または重大な過失により加えた人の生命又は身体を害する不法行為に基づく損害賠償請求権
④夫婦間の扶助・協力義務、婚姻費用分担義務、養育費の支払い義務等に基づき発生する請求権
⑤雇用関係に基づき生じた使用人の背旧券
⑥債務者が知りながら債権者名簿に記載しなかった請求権
これらの請求権に該当する請求権であれば、債務者が免責決定を受けていても、非免責債権であるため免責されず、債務者へ請求することができるのです。
このうち、本件は、もともとの請求権の性質は、「詐欺行為という不法行為に基づく損害賠償請求権」ですから、上記の②「破産者が悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権」にであり、非免責債権に該当するものと思われます。
しかし、書面上、「金銭消費貸借契約」(貸金)ということになってしまっていますので、上記の「悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権」であると認められず、非免責債権には該当しない、という結論になってしまう可能性があります。
すなわち、破産による免責決定により免責されてしまい、支払いを受けられない、ということが起きてしまう恐れがあるのです。
この場合に、相手に対する請求権が実際には悪意による不法行為に基づく損害賠償請求権であると立証できれば話は別かもしれません。
しかし、書類上、請求権の性質を変えて作成してしまうことにより、非免責債権には該当しない、すなわち支払いを受けられない、とい結論になりかねませんから、注意が必要です。
この点、参考となる裁判例として、東京地方裁判所平成19年8月27日判決があります。
このケースでは、原告会社の従業員が、C社の代表取締役であった被告Y3と共謀して、被告Y1会社から業務発注があったかのように装い、原告会社から金員(約3億円)を支出させ、その金員は被告Y1会社や被告Y3が代表取締役を務めていたC社へ送金されたという事案でした。
この件につき、判決は、架空取引を作出して請負業務代金名目で金員を支出させたとして、被告Y1会社、被告Y1会社の代表者である被告Y2及び被告Y3らの損害賠償責任を認めました。
そして、その損害賠償請求権の性質自体は、「悪意により加えた不法行為に基づく損害賠償請求権」であると認めました。
しかし、そのうちの被告Y3に対する請求については、原告が、本件発覚後、約3億円について、原告のC社に対する貸金としたうえで被告Y3がこれについて連帯保証するとともに、所有不動産に抵当権設定を行う旨の準消費貸借契約あるいは和解契約を締結した(これに基づく公正証書も作成された)ことから、これにより、
「原告の被告Y3に対する不法行為に基づく損害賠償請求権は、前記和解契約により消滅し、前記契約上の債権(連帯保証人に対する債務)に変更されているところ、同債権については本件免責決定により、原告がこれを請求できないことは明らかであるから、原告の被告Y3に対する請求は理由がない。」
と判断しました。
すなわち、本来は「悪意によって加えた不法行為に基づく損害賠償請求権」であり、非免責債権であったのですが、その後貸金について連帯保証するという形式で和解契約書を作成してしまったために、非免責債権でないとされてしまったのです。
このように、請求権の性質についてどのように和解書等の書面に記載するかという事項は、本件のように相手が破産・免責決定を受けた場合に、免責により一切支払いを受けられないようになるのか、それとも免責は関係なく支払いを受けられるのか、という大きな違いを発生させることがあります。
したがって、相手と書面を締結する際には、もし相手から「●●金(貸金など)名目で書いてほしい」と言われても、安易に応じず、よく検討する必要がありますから、ご注意いただければと思います。
特に、分割払いが長期にわたる場合や、金額が大きいケースなどでは、万全を期すためにリーガルチェックが不可欠です。ご注意ください。