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相続開始後、一部の相続人による預貯金の独占につき、法定相続分について不当利得が認められた事例(徳島地裁平成30年10月18日判決)

相続開始後、一部の相続人による預貯金の独占につき、法定相続分について不当利得が認められた事例(徳島地裁平成30年10月18日判決)
(判例時報2412号36頁)

1 事案の概要

被相続人:亡A
共同相続人:亡Aの長男(被告)、二男(原告)(法定相続分2分の1ずつ)

昭和39年ころ 被相続人亡Aは亡Bとともに養鶏業を始めた。
昭和61年   亡Bが死亡し、被告が代表者となって養鶏業を継続。
平成12年ころ 被告は養鶏業を廃業。

平成26年5月 被相続人亡Aが死亡、被告(長男)・原告(二男)が法定相続。

平成26年6月 原告は、亡A名義のJA貯金口座の貯金の払戻しに係る権限を被告に委任する内容の「相続手続依頼書」に署名押印し、印鑑証明書を被告に交付。

平成26年7月 被告は、上記相続手続依頼書等をJAに提示し、同口座から1618万円の払戻しを受けた。(なお、同依頼書には、「相続人全員で一括相続しました。」「遺産分割協議前に請求される場合」という選択肢の番号に丸が打たれていた。)

被告は、亡A名義の貯金は実質的には被告に帰属すると主張し、払戻し金を独占した。

平成26年11月 原告は被告に対し遺産分割調停を申し立て。遺産の範囲に争いがあり、その後調停取下げ。
平成27年6月 原告が被告に対し本件訴訟を提起。

2 争点
①亡A名義の貯金は被相続人亡Aに帰属するか。
②亡A名義の口座から払い戻した貯金を被告が独占したことについて、不法行為が成立するか。
③亡A名義の口座から払い戻した貯金を被告が独占したことについて、不当利得が成立するか。
④上記③の不当利得が成立するとして、原告が主張できるのは、具体的相続分か、法定相続分か。

①について、同判決は、
「本件貯金の原資が養鶏業等の収益であるとしても、・・・・本件貯金の原資の内訳及びこれに対する評価、親族・相続関係、Aの養鶏業等への関与の程度、Bの遺産分割の状況などからみて、Aがこれを取得したとみることは可能である一方、本件貯金の出捐者がA以外の特定の者であることが明確であるとはいえない。
加えて、本件貯金の口座名義、開設行為者、通帳・届出印の管理状況、入出金状況、本件貯金に含まれる貯金の種類、養鶏業の廃業時期と本件貯金口座の開設時期の間隔、口座名義人のAの意思などの諸事情を総合考慮すると、本件貯金は、A以外の出捐者ではなく、口座名義人であるAに帰属するものと認めるのが相当である。」
とし、亡Aの遺産に帰属すると判断した。

②について、同判決は、
「原告は、被告が本件貯金口座に入金されてあった金員を払い戻すことには同意していたものと認められるから、被告の払戻し行為が不法行為を構成するとは認められない。」

とし、不法行為の成立を否定した。

3 争点③(③亡A名義の口座から払い戻した貯金を被告が独占したことについて、不当利得が成立するか。)について

この点につき、判決は、
本件貯金はAに帰属するところ、被告は、遺産分割協議を経ることなく、全額を出金して原告に交付することなく独占していたものであるから、本件貯金に対する原告の準共有持分を不当に利得したものと認められる。」

「被告は、Aが生前本件貯金を被告に取得させると原告の前で述べ、原告も特段異議を述べていなかった、Aの葬儀の際、原告が被告の妻に対し、JAの貯金は被告が取ったらいい旨述べていたなどと主張し、被告及びCはその旨供述するが、これらの供述を裏付ける的確な証拠はなく、採用することができない。」

「また、被告は、本件貯金の解約について原告から同意を得ているものの、本件依頼書には遺産分割協議前に請求する場合である旨が明示されていることに照らしても、本件貯金について全額被告が領得することについて原告の了解を得たなどと認めることはできない。」

と判断して、被告は原告の準共有持分を不当に利得したものと認めた

4 争点④「上記③の不当利得が成立するとして、原告が主張できるのは、具体的相続分か、法定相続分か。」

この点につき、判決は、
「被告は、本件訴訟において原告が主張できる準共有持分は特別受益等を考慮して定められる具体的相続分であり、原告の具体的相続分は0であるから、本件貯金に対する原告の準共有持分はそもそも存在しない旨主張する。

確かに、共同相続された本件貯金債権は、相続開始とともに共同相続人である原告及び被告の準共有に属することになるところ、この準共有関係を協議によらずに解消するには、遺産分割審判(民法907条2項)による必要があり、その手続において基準となる相続分は、特別受益等を考慮して定められる具体的相続分である(同法903条から904条の2まで。最高裁大法廷平成28年12月19日決定・民集70巻8号2121頁参照)。

しかし、具体的相続分はそれ自体を実体法上の権利関係であるということはできない上、Aの遺産(本件貯金やB名義の不動産を含む。)に係る遺産分割が未了であることに加え、被告において、遺産分割協議や審判を経るなどして、具体的相続分を前提に本件貯金の準共有関係の解消を図ること(被告の主張によれば、そもそも原告が本件貯金の準共有持分を有しない旨を確認すること)が可能であるにもかかわらず、そのような手続を取ることなく、本件貯金の解約についてのみ原告の同意を取り付けてこれを全額領得しており、このために本件訴訟が提起されていることなどの経緯に照らすと、本件訴訟において侵害の有無を判断する基準となるべき相続分は、具体的相続分ではなく法定相続分であると解するのが相当である。」

と判示し、被告が亡Aの貯金口座から払戻しを受けて全額領得した貯金のうち、原告の法定相続分に相当する2分の1の809万円について、不当利得に基づく返還請求を認めた。

5 本判決の意義

争点①については、相続人の一部が、家業の代表であったのは自分であるから、被相続人名義の貯金口座も自分に帰属すると主張した場合に、当該貯金口座は被相続人の遺産に帰属すると判断したケースとして参考になる。

争点②については、原告は、本件貯金口座からの払戻しには同意していた以上不法行為は認められないとした点で参考になる。

争点③については、本判決は、最高裁28年12月19日大法廷決定後の判決であり、「相続開始後の預貯金口座からの払戻金を一部相続人が独占した場合に不当利得が成立するか」というテーマに関連し、最高裁28年12月19日大法廷決定の射程範囲を示したという点で参考になる。

すなわち、本判決は、同最高裁決定後のこのようなケースにおいて、払戻金を独占した相続人は、他の相続人の「準共有持分を不当に利得した」として不当利得が成立する旨判断したものとして意義がある。

また、被相続人名義の貯金口座からの払戻し自体については原告が同意しており、署名押印した依頼書や印鑑証明書を被告に交付していたという場合であっても不当利得の成立を認めたという点でも参考になる。

争点④については、「不当利得が成立するとしても、原告が主張できるのは、特別受益等の事情を考慮した後の『具体的相続分』だけではないのか?」という疑問に対する判断がなされた(具体的相続分を計算する必要はなく、法定相続分でよいとした)ものであり、意義がある。

この判断にあたっては、本来家庭裁判所の遺産分割調停・審判において行うべき、特別受益等に対する主張立証や判断を、地方裁判所において行うべきではないという価値判断も作用しているのではないかと思われる(私見)。

本判決は、相続開始後に一部の相続人が、被相続人名義の預貯金口座から払戻しを受けて全額利得してしまったケースに関する裁判例として、参考になるものと思われる。

●参考記事
相続開始後の預貯金引出しと平成28年12月19日最高裁大法廷決定に関する考察

愛知市民法律事務所
 弁護士 榊 原 真 実

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